70seeds関係者による、選択的夫婦別姓制度についての座談会シリーズ。さまざまな経緯で名字を変えてきた経験を持つ5人が集まり、法改正を求める声が高まっている「選択的夫婦別姓制度」について話し合った。

「結婚後も、夫婦両方が結婚前の名字のままでいられるようになれば、誰もが自分らしく生きていくことができそうだ」

第2回を終え、私たちの心にそんな希望の光が灯ったが、未来に向けて一歩踏み出す方法は未だにわからない。依然として選択的夫婦別姓制度は認められていないし、「適用されたら絶対に名字を別にしないといけないの?」と誤解をしている人も多い。

これまでの人生で名字を変えた経験がある私たち5人でさえ、こうやって座談会で話し合って初めて、理解を深めることができたのだ。名字や生き方を選べる未来のために、私たちができることはなんだろう。「何かアクションを起こすことで、選択的夫婦別姓が他人事だと思っている人たちにも、賛成してもらえたら」と全員が感じていた。

視野を広げて制度について語るには、実際に社会に働きかけ、制度成立に向けて動いている当事者の視点も知りたい。私たちは「無関心な人たちにどんな働きかけができるか」を考えながら、当事者の意見を聞いてみることにした。シリーズ最終回となる第3回の記事では、選択的夫婦別姓訴訟の原告であるサイボウズ株式会社代表取締役の青野慶久さんに、これまでの議論で挙がった疑問をぶつけてみた。

若林 理央
読書が好きなフリーライター。大阪に生まれ育ち2010年に上京。幼少期からマジョリティ・マイノリティ両方の側面を持つ自分という存在を不思議に思っていた。2013年からライターとして活動開始。取材記事やコラムの執筆を通し「生き方の多様性」について考えるようになる。現在は文筆業のかたわら都内の日本語学校で外国人に日本語を教えている。

選択的夫婦別姓を「知る」

オンラインで行われた今回の座談会。画面に現れた青野さんは想像していたよりも明るい印象で、関西弁が気さくな性格を引き立てていた。

「私は結婚したときに妻から『名字を変えたくない』と言われたので、『それだったら私が名字を変えようか』という流れで妻の名字に合わせることにしたんです。ところが、改姓してみると手続きが思いのほか大変でびっくりしましたね」

結婚して名字を変えるのは、女性が96%(厚生労働省「平成28年度人口動態統計特殊報告『婚姻に関する統計』の概況」)。この割合を知った青野さんは「多くの日本人女性は、こんなに複雑な手続きをしてきたのか」と驚いたという。

「『夫婦が同じ名字にしなければならない』制度は明治時代にできたもので、歴史は長くないんです。夫婦両方が結婚前の名前のまま結婚できるようになっても、現代では問題は何もないと思うし、むしろ別姓を選べないことで結婚できず、事実婚を選ぶカップルもいます。そんな戸籍法は、個人の尊厳や両性の平等を保障した憲法に違反しているのではないかと感じました」

そして平成30年(2019年)1月9日、青野さんを含めた4名が、選択的夫婦別姓制度の実現を求め国を提訴。夫婦が同姓を強制される不都合があることを訴え、結婚した人全員ではなく“望む人”は結婚後も元の名字を使い続けられるよう、戸籍法への追記を求めている。

「幸い、私には経営者・男性というラベルがあります。それを活かすことで、名字を変えることを強制されて悩んでいる人を勇気づけられるのではないかとも思いました」

男性であり東証一部上場企業の経営者でもある青野さんが表に立つことで、これまで夫婦別姓に関わる議論を「女性の問題だ」と思っていた人たちにまで、選択的夫婦別姓制度を実現したいという想いは届くようになっていった。実際、男性で改姓している人は4%のため、「婿養子?」「尻に敷かれているの?」などといった偏見にさらされる人もいる。

選択的夫婦別姓は“多様性”への第一歩

座談会参加者でライターの和久井香菜子さんは、現在行われているほぼすべての選択的夫婦別姓訴訟を傍聴している。

「青野さんや原告の方々の活動は、夫婦に同姓を強要する制度によって苦しんでいるたくさんの人たちに勇気を与えました。私も選択的夫婦別姓訴訟を追いかけるうちに、数多くの事実婚カップルに出会いました。みなさん、とてもお互いを信頼し尊重し合っている素敵な方たちです。双方が生まれたときの名字のままにしたいと思ったら法律上は結婚できず、実際に困っている人たちがいるんですよね」

法律婚することによってさまざまな権利が得られるが、事実婚のカップルには適用されない。中には、子どもの名字を夫のものにするため、出産前後のみ結婚するという人もいる。「それぞれの名字を保ちたい」それだけなのに、私たちが想像できないほどの不都合や苦しみを背負わされている人たちがいるのだ。

このような事実婚を選ばざるを得ないカップルや、青野さんを含めた男性など、多様な人々が声を上げることで、だんだんと現在の形が制度として不完全なものだと世間も気づき始めている。

「選択的夫婦別姓についての知識を得ると、“反対する理由がない”ことに気づく人が多いんですよね。日本各地でおこなわれている勉強会では、それまで反対していた人も賛成に転じる人がほとんどです。それまで選択的夫婦別姓にマイナスイメージがあり、客観的な情報を得られなかった人たちです」

ここまで話を伺った後、選択的夫婦別姓シリーズ第1回、第2回の座談会メンバーで話していた「無関心な人、反対している人に、どうすれば選択的夫婦別姓制度が必要なものだとわかってもらえるか」という問いを青野さんに投げかけた。しかし、青野さんから返ってきたのは想定外の答えだった。

「私は、全員が選択的夫婦別姓に賛成にならなくても良いと思っているんです。無関心な人に『選択的夫婦別姓制度に興味を持って!』と強制することは絶対にしません。いろいろな人がいても良いはずだと思って“選択的”夫婦別姓制度を求めているのに、興味のない人や反対している人に『賛成しろ』と言うのはおかしな話ですから」

たしかにそうだ。「制度に賛成しろ」というのも、強制の一つであり、選択的夫婦別姓制度の「選択」と相反しているように感じられる。それでも、情報をしっかりと伝えることは大事だと青野さんは言う。強制はせずとも、情報を得て賛成派になった人たちが情報を発信し、さらに他の人に影響を与えていく。そういった動きが社会全体に広がり、現在、選択的夫婦別姓制度に対する理解は、数年前は考えられなかったほど深まっているそうだ。

大事なのは正しい情報を得ること

座談会参加者の私たちは、座談会を始めるまで漠然と「自分は名字を変えて良かった」「変えたくなかった」と感じていた。ただ「日本も生まれ持った名字での結婚を選べる世の中になってほしい」という思いは、座談会を通し、共通の願いになった。それは、私たちが名字に留まらず「一人ひとりが自分の人生を納得して生きる」ことを必要だと思っているからだ。

「選択的夫婦別姓制度に賛成していても、どのように行動して良いのかわからないことがあります。個人でできることはありますか?」

青野さんと同じ、男性で名字を変えた井上たくみさんがそう尋ねた。私(若林理央)も井上さんと似た疑問があった。

「制度の実現に向けた『選択的夫婦別姓・全国陳情アクション』の活動や『勉強会』などによって大きく世論も動いてきました。ただ関心はあっても、行動の輪に加わるまではいかない人たちもいます。個人としてできることはあるのでしょうか?」

私たちの質問に、個人の立場でも簡単にできることがあると青野さんは答えた。

「正しい情報を広めるだけでも意味がありますよ。例えば、私はSNSで『夫婦別姓』で検索して、正確な内容のブログや興味深い記事があれば、どんどんシェアしています。自分から発信するのはハードルが高いと思ったら、そういったものを見て、いいねをつけるだけでも良いんですよ」

そう話す青野さんの表情は穏やかだ。選択的夫婦別姓制度に賛成している人たちに「何かしてください」と強制することはまったくないと言う。

続けて岡山史興さんが尋ねた。

「知識を得た上で、反対する人がいますよね。そういった人たちに対しては何かしていますか?」

青野さんは「反対する人に、無理に理解してもらおうとはしない」と話す。

「そもそも反対派、賛成派で敵味方に分かれて戦うものではないと思っています。『自由な生き方を選ぶための大きな手段』として存在しているのが“選択的”夫婦別姓制度ですから」

伝統は時代と共に変化する

「反対している人たちは、今までの日本の伝統や常識が変わることを怖がっているのかもしれません。ただ、江戸時代のチョンマゲが明治時代にはなくなったように、伝統は時代と共に変わっていくものなんですよ」

そう言われてみると日本人は長い間着物を毎日着ていたが、今はほとんどの人が特別な行事でしか着物を着ない。70年前の日本の風景が今とはまったく違うように、70年後、日本がどうなっているかは誰にもわからない。それは、実際に選択的夫婦別姓制度が適用された後のことも同じ。

「これは選択的夫婦別姓制度だけじゃなくて、社内ルール作りも同じなんです。変化を怖がる社員に対しては、『良くなかったら元のルールに戻すから、まずはやってみよう』と呼びかけています」

なるほど、自分の仕事や日常に置き換えてみると非常にわかりやすい。それを踏まえたうえで、青野さんは日本の未来に希望を感じていた。

「選択的夫婦別姓制度が適用された後、反対だった人たちが『名字を変えるか変えないか選べる制度、意外といいね。そんなに不安になることはなかった』と感じる可能性は十分あります。婚姻時に改姓する人もいるし、お互いが改姓しないカップルもいる。そんな多様性が認められる時代は必ず来ます」

私たちや次世代の人たちが自由に生き方を選ぶための大きな手段として、「選択的夫婦別姓制度」がある。青野さんの話を聞きながら、私たちは選択的夫婦別姓制度と共にある日本の未来を想像し始めた。